September 22, 2018

競馬と経済

馬と競馬の歴史


今日は東京国立近代美術館工藝館に企画展を観に行きました。そこでもある像が目に飛び込んできました。ものごとを見る観点は、いつも馬。笑ってしまうくらい、いつだって馬です。


the national modern museum statue 北白川宮能久親王銅像

この写真の像の人物、北白川宮能久親王は幕末・明治の皇族で、陸軍軍人。皇族で初めての外地における殉職者。

馬に跨ったこの姿が美しい反面で、わたしの知らない戦争の時代に思いを巡らせました。
日本における中央競馬の歴史も、富国強兵の時代にまで遡ります。

東京国立近代美術館の本館の所蔵(常設展)の絵画の中にも、また、そのほかの日本の美術家たちが描いたものの中に、馬を見ることは少なくありません。

例えば、鎌倉時代から戦国時代は、使役動物と経済動物の狭間で存在していたはずです。
この時代に生きた馬は、武将たちの合戦に出馬する馬と、民が農業などの農作業など日々の暮らしに必要な馬、経済動物として、また、使役動物として存在していました。


日本の歴史を遡ると、
皇族の血筋が表面化し始めてきたと意識できる時代(飛鳥時代、平安時代ごろ)からは、皇族や貴族、支配層の人々が馬を装飾品に近い刀剣などと同じように、馬を馬装させ、装飾品でその権威を示すものに表れています。遺跡などから発掘されました。

明治以後の日本では、農業を中心に使役動物となり、家族の一労働者として一緒に暮らす姿がありました。
昭和の戦前、また、戦後も、経済活動圏から離れた地域では、引き続き使役動物としての役割を担っていました。

今の日本では、明らかに経済動物。農業の世界では機械が開発され普及し、馬たちに取って代わりました。
馬のための農業(生産や育成)、競馬の世界がその枠組を司ります。その配下かまた別のところにある乗馬も派生していきました。(現在の日本における乗馬は、西洋文化の影響が大きく、五輪競技などにも繋がりがあります)
馬は、特異な立場の動物として、日本の社会生活の中で見ることができます。


日本競馬や乗馬の馬 経済動物をどう経済とつなげるか

日本競馬の歴史は、富国強兵や開国にはじまり、官公省庁や地方自治体が引き継いでいます。

競馬界にある課題の方向づけをしたい

競馬が大衆文化として馴染んだバブル期を経て、そのバブルが弾けた後、経済動物の考えが強くなりました。
競馬がかつてないほどギャンブル色を濃くなって、混迷しているように見えます。
行先を失ってしまったように見えます。

JRA(日本中央競馬会)は、バブル崩壊後の売上を取り戻すために、女性や若年者層、20代~30代の子どものいる層までを取り込もうと、施策のため資金を投入しています。

農水省も、平成30年の場合3000億円ほどを日本中央競馬会の納入金から賄っているため、巨額で容易に得られる財源として重宝しています。このの入金のために、わたしたち消費者の資金投入を目論んでいます。

また、生産牧場や、この産業に関係のある産業の技業者は、あらゆる方法で資金を集め、新たな活路をそれぞれ探し始めています。
その方向は、さも正しいといった形で、大きな資金の流れ、大河となりつつあります。

こういった流れが、どのように機能していくのか不安です。
競馬やそこにいる馬、動物たちへの思い、わたしたちの生きる経済社会への思いです。
畏怖の念を抱きます。


個人的には、競馬と経済を同時に考えられるものさしとして結び付けたいです。これが一つ目です。

二つ目は、競馬=ギャンブル というアンダーグラウンドであったり忖度を可能な限り潰したいです。

各企業とメディアが一体となっての発信する広告のように、イメージが私たちを支配しています。
そのイメージがまだあまり上がりきらないのが、競馬界に突き付けられている現実です。
この現実を受け止めて、次、いい方向に向けて走り出したいです、今すぐに!


わたしにとって大切なものは競馬や一部の関係各所への敬愛です。
なにかに気づいて、自分にある大切なものや文化を拡げていく気持ちが必要なときだと思いました。


自分の文化や根幹となるものは、どんなときでも必要です。



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