November 5, 2018

5Gは流動する社会に必要なインフラのひとつ

首都圏と地方都市、馬のいる社会にまで及ぶこと

ここ数日で、5Gまわりの話、とても多かったように思う。
それも、5Gまわりの話をする機会と、遠からず5G関連の仕事を中心に生活をしているから。

5Gはわたしにとって、個人的にも、わたしの関わりたい人たちの基盤となるインフラストラクチャー(生活基盤、経済社会の基盤)となると確信しているし、その基盤は、地域によってあり方をアレンジして根付くものにしなければと思うから。

地域社会というと、首都圏や日本経済のπの大きな都市部を除いた地域を指すことが当然みたいになっているけど、都庁のある新宿も、金融街の中心である日本橋や大手町も、芸者街の祇園も、馬どころの新冠もそれぞれの地域としてのあり方はあり、地域社会がある。その中でのあり方、それが成立してのまたひとくくりの地域、そして日本や世界となる。

その中で、都市部ではないところの話をしたい。


出張で北海道に行く機会を得て、数日ひとりで滞在することになった。そのときには電話をかける、地図を利用して移動する、フライトの状況を確認する以外は、殆ど電波を利用する必要性を感じませんでした。

後に、胆振地方での震災があり、電波、インフラについての重要性、首都圏の需要とは性質の異なる需要があることを認識しました。そしてそれは、生活する上でその土地や自然環境に対峙してきた北海道の方々のLife as workやLife is workの強さを見ました。

そこで、ある思いは強くなりました。
社会は、どこだとしてもその地域に根付き、受け継ぐ者に継ぎ、そのための流動させなければならない、そのために人は成長し、蓄える。蓄えは、肥やすものではなく、流動させる、それが経済社会を動かす至極当然の流れ。何かが足りなかった。


ライフラインは電波だ

もし、わたしが、東京を生活拠点にする機会と環境を得ていなかったら、北海道でわたしのできることは無い。同じく、過去にあった、出張に行く必要もない。普段、東京でしていることは東京で完結できること。北海道に降り立っっての任務は、現地でしかできないことだったからに他ならない。
それぞれの場所で完結できることではないものもある、それはきっと、今から取り掛かるべきと、直感がものを言う。


日本経済の中枢である東京に存在しているから、肌で感じられる情報量も多い。取捨選択、サイジングすることが能力でもあり、考えられるだけの感覚を備えていることが、東京に存在していることの利点かもしれない。コンテクストがある。そのコンテクストでまず第一に、他者に認識してもらう必要がある。それを企業や行政にもつなげたい、主導権はそれぞれに分担しなければ市民権の私有化(ここでの私有とはある一定の組織に偏ったディストリビューション)になってしまうかもしれない。分散化が必要なところは分散化させたい。流動する経済社会を建て直すことに結びつく。

この話の議題が5G。ライフラインだ。東京は、5Gなんてなくてもまわる。まず、5Gが流通するべきは、東京や大阪、都市部ではない。

総務省、総務省と企業、企業の意思決定機関、そこに訴えるだけの材料を少しずつ整備することが今、並んでいる状況。KDDIと楽天、Softbankは少しづつ見えてきた。docomoの行方を掴めていない。


ターフへの地下道から

いつも、いつでも変わらずに、託すことの過程に、その先に、
大好きな馬や大好きな人たちがいます。


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