February 21, 2019

地方反撃ではない地域個性 解釈を転換するとき

地方反撃で論ずる先のこと

オンラインや雑誌で愛読する「東洋経済」2月18日発売分の見出しは『地方反撃』。東洋経済STORE

地方反撃という言い方は少し強気すぎる気がしました。


本誌の目線は、人口過密ではな都市にフォーカス。
前号までの首都圏、関西圏に掛かる特集ではなくて、比較的経済のπ(パイ)の小さい地方に焦点を当てた特集。
その都市ごとに特有の個性があり、その地域特有の問題やその個性に対する取り組みは、日本経済の中心ともいえる都市部も注目する資材、人材、知財があります。


その個性には、それぞれに解決すべき問題があります。
掲載に至った記事となるモデルケースには、誌面からは見えない、掲載前や、またその前にも、多くのものが背景にはあったはずです。問題は目に見えるものだけではありません。

また、取材や調査を進めてきたものにも、掲載に至らなかったものもあります。
世界中どこにでもその個性は光ってっていると思います。

光って見えるものの、美談では終われない、解決したい、しなければならない「問題」を抱えているのはどの都市でも同じです。

そこには熱量、パワーが注がれます、この熱量こそ源泉、イノベーションを生み出す好機です。
問題には近づき難い、困難を伴うマイナス要素も多くある一方、価値の高いレアメタルを採掘するようなもの、価値を認められるプラス要素もあり、先にあることがもしもわかっているのならマイナスなんて打ち消すものです。

弱みを強みに変える→発想の転換。
あるものを生かし還元する→地産地消。
流れを止めるのではなく循環させる→抑制ではなく投資。

意識から変えていくことが最優先です。
そして、遠いところではなくなるべく近いところに実現可能で計測可能な目標数値を置く。
それを小さなところからでも実装し、確実に実行すること。
また、継続していくこと、そのときに適した形に変容させること。

容易なことではなくて、細分化していけば、実はとてもシンプルなことでもあります。だからやらないことなのかもしれません。

大きいなヒントとしては、
あなたにとって普通(普遍的なこと)とは、他者にとっても同じことですか?あなたの欲しいモノは隣の他人が欲しいモノですか?



前述したシンプルな疑問に対する回答と同じ。
地域社会が担ったものは、それぞれに全く異なります。
地域社会が担ったものは、その地域社会の人々の思想起因の言動や、思想、生活にまで浸透して、当然の日常になっていきます、無意識にも。

それぞれにある価値観は、尊い。ただ、それが時として機能しないことも少なくありません。

日常や常識、世論は、気づかないうちに、正しいものだと解釈してそれを他に押し付けてしまいます。
自分は自分、世論は世論だということもひとつの考える軸です。
考える軸は、できるだけたくさんあったほうが、多くの見方ができます。


また、ものの見方の軸として、世相を語る上で目にする機会の多い世代のセグメントにも、多様性や複雑さを見ることができます。

例えば、

  • 団塊の世代
  • しらけ世代
  • バブル世代
  • 氷河期世代
  • ゆとり世代
  • ミレニアル世代
  • Y世代
  • Z世代

他人の立場や地域のことは、自分事にすることはできないけれど、関心を持ってそれを自分の尺度で推し測ることはできます。自分の新しい解釈へと変換できます。

何かを始めたり、慣れ親しんだものから離れてみたり、
不安定とも知れないところへ向かうのには、強いネルギーが必要です。
そのエネルギーが地方都市にはあります、地域社会にそれぞれ根付いています。

また、その力は、若年層の持つパワーにも似ています。


地方反撃でなくていい。地域個性は、そこで生きてこそ根付いていくのみです。
他と比べることで見えてくることがあって、それを指標の一つにしてもいい、
one of ---だから、いくつかの指標から考えることでもいい。
他者との相対で見えるもだけで評価していく時代は古い。あっても構わないけど、気に留めていては進めないー。
地方でははくて地域という考え方も必要です。

考え方を転換するときです。常にこの契機はあったのですが、今でも遅くない、時遅しと考えてしまうのは簡単だから、そう思わないことも必要です。


トリガーは、今、ここから。
わたしは、10代20代のモバイルネイティブな彼ら、今まで無縁だった人たち、世界中のたったひとりの誰かと沢山話がしたいです。


Thanks.

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