March 25, 2019

Life

経済をまわすアドレスホッパーになれるか

マネーと知恵を流動させる

わたしはアドレスホッパーではありませんが、自分に正直に生きてきた結果、経済首都圏での生活を基盤に、居住地を移したり、短期滞在をしたり、あちこち飛び回る機会が多くなってきました。動物たちのいるところで、始めることは小さくても、経済をまわすこと、そしていい形でまわりを巻き込み、いい循環をつくることを楽しんで、生きがいのようにしています。
土に還るようなもので、本能的に取捨選択して削ぎ落とされたわたしにとってのミニマルな状態です。

人の行き交う渋谷の街

マツコ会議(2019年3月23日放送分)では、アドレスホッパーは、特定の住所を持たずその日の滞在先を探し生活、
そのため、それぞれに仕事の技能や応用力、環境適応能力が高く柔軟性に富んでいて、裁量権のある仕事で生計をたてて、あらゆる場所で生活することが可能な人、
といったものです。変わり者扱いもされているのは間違いありません。


自分勝手な人間が増えるかもしれないですし、現実逃避しているのかもしれません。


現段階で、経済首都圏や地方都市、海外都市を渡り歩ける人たちは、生きるために必要な力があると推察できます。
少なくとも社会人ならば、教育の義務、労働の義務、納税の義務をすべて果たさなければ、あるべき権利もなくなってしまいます。どんなものだとしても、生きるための労働が前提にあります。
定住していなくてもそれを果たしています。

東京の空とビル

「決められた時間を守らない上、短時間しか働かないか、冗長な働き方をする。誰も見ていないことろでなにをしているのかもわからない、遊びと仕事のボーダーがなくてテキトー、気づけば陽が暮れているような中途半端な人」
かもしれません。

「集中する時間やタイミングを決めて、効率がいい働き方をしている。単独で行動していても仕事のプライオリティをもって活発に行動していて、遊びから学び、遊びも仕事に変換する、リミットを意識できるセルフコントロールができる人」
かもしれません。


生活は全て自身で担保することが前提で、裁量権があるからこそその裏側にある怠惰と常に対峙しています。それぞれに望むところに向かうための通過点に、アドレスホッパーという生き方(ライフスタイル)がぶら下がっているだけなのだと思います。

この言葉や、在り方、賛否両論で、スムースに受け入れられるとは思っていません。


それぞれの価値観は価値観として在って当然のことです。
この新たな流れ、比較的若者たちが多く興味を持って見守っていることを、忘れてはいけません。

ある程度の経年を以て、日常に溶け込んであるべきところに立ち返る、新たな生き方として、少しだけ世界を変えて欲しいです。

彼らは経済流通が停滞しつつある日本に、移動先で共に時を過ごし、マネーの流通とその地域にはない知恵をもたらします。
彼らは若く、知恵も、体力もあります。多少の挫折も経験している世代だと思います。簡単には諦めない強さは兼ね備えています。
アドレスホッパーは、移住先でそれぞれ時間を費やして、マネーや知恵を投下して、返ってきたものを受け入れることが、その地域に受け入れられる、最も近道だと思います。

こういった、混沌とした時代で、誰もが理解し難い状況から始まることが、流動するきっかけとなる振動なのかもしれません。

初めての競走馬ダンスパフォーマーと

わたしは、動物たちと生きたいです。動物たちを見守りながら、社会経済を回したいです。そのために常に葛藤して、変化に対応できるように、その道をつくります。



Thanks.

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