July 26, 2019

Horseracing

改築を続ける日本政治の姿

予定調和もない、前例もない、異例でもないこと

7月21日(日)に投票、即日開票の参院選2019こと「第25回参議院議員通常選挙」実施されました。

それと時期を同じくして、吉本興業の所属芸人の反社会的な行為からはじまる事件が佳境を見せていました。


総選挙のゆらぎ、歪みのようなものは、この吉本興行の関わる事件にも感じられました。 それは、選挙の参院議員立候補者や政党、吉本興業所属芸人と吉本興行のことではなく、その周囲にいる有権者であるわたしたち、視聴者であるわたしたち、一人称のことです。


もしも、なにか出来事、周囲で起こっていることに意見があるならばそれは救いです。
その意見が霧靄ががっているようであれば、それは、果たして自分に還るものではない、無関係の事象なのかと考えてみたほしいです。

誰もが気づけば他人事を装って、都合の悪いことを退けます。
自分都合のことには、敏感すぎて、調和することを忘れてしまいます。

「他人の私情に立ち入らない」「個人を尊重する」「自己責任」などという言葉は、人間関係を裁つ(断つ)ための言葉ではありません。
必要な距離感をみつける、進化し続けようという意識がコミュニケーション社会を発達させてきたはずです。

今の人や社会の抱える痛みを受け取り、変わることのできる社会、人へと成長して脱皮すべきときです。


変わる

日本の選挙(政治)では具体的にたくさんの課題がそれぞれに見えました。


参院選結果が示唆した山本太郎氏の行ってきた政治活動は、実は大きな進歩です。

参院選が目の前に迫る頃には、2019年4月に発足された山本太郎氏率いる「れいわ新選組」は、既に民法メディアから遠ざけられていました。

自由民主党、立憲民主党など、与野党のそれぞれの一大勢力に関する報道など、いくつか拝見しましたが、れいわ新選組に関しては、なぜかどの民法メディアも口をつむぐように、報道は殆どなされていないようでした。
情報量が圧倒的に少なく、限られた能動的に参加するメディアで扱われ、かつ、そういったメディアリテラシーの高い人に伝播していました。
詳細はわかり兼ねますが、彼らはSNSなどのCGM(Consumer Generated Media)を主な拡散メディアとして利用しました。
SNSやCGMなどの一般の生活者が形成するメディアを利用しての政策や方針の拡散は、発信する側の設計、意図するような動きは予測しづらく期待値もそれに比例するようなものです、良くも、悪くも、反対効力。
それでも、山本太郎氏がSNSなどのCGMを利用したのは、民法メディアを利用するには制限もありますし、メディア側から疎まれていましたので山本氏も利用しづらく、利用したところで、にそのメディアの意図するように情報操作されてしまう可能性がありました。
どのような方向に向かっていくのかわからないことはリスクではなく、感覚麻痺したことに気付かない社会や人への処方薬のようなものです。

山本氏は党の代表者でありますが、自らの当選よりも、かつて有権者でもあった、一般市民からの立候補者を当選させることのほうが大事だったのです。

社会の弱者という側面も持つ彼らは国会で強者になる可能性は高いです。
彼らがもっているものは、今までの日本の参議院議員になかった立場の方々だからです。
これに、局内外の圧力に負けないメディアリテラシーの核がある者が加われば、変わることはできるでしょう。


電線の向こうのムクドリ

変わることのできる社会、人へ


何かが変わろうとするとき、それを抑えつける圧力があるこは当然だとしても、いかようにでも受け入れる社会であってほしいです。
それは、ひとりひとりが一人称で、意見を伝えることが前提にあります。
変わり続けることは変わらないことだから、立ち返って、素直に、変わることができる社会を展望します。



Thanks.

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