August 9, 2019

Horseracing

ディープ、キンカメありがとう 自由に駆け回る時代へ

繰り返される不協和音を知る

2019年4月の17日、シャケトラ(牡6 栗東・角居勝彦厩舎)が左第一指骨粉砕骨折で、安楽死の選択を余儀なくされました。天皇賞 春の出走を想定していました。

2019年8月7日、ロジャーバローズ(牡3 栗東・角居勝彦厩舎)が前浅屈腱炎で、現役競走馬を引退しました。10月に行われる凱旋門賞を目指していました。種牡馬入りが概ね決定しています。


そして、ロジャーバローズの現役引退の少し前になりますが、ディープインパクト(牡17 元 栗東・池江泰郎)が頸椎骨折のため安楽死、サラブレッドの平均寿命は20~25歳という認識です。この死はある種の私情による事故で、予期していたものの、早すぎるものでした。

そのわずか10日ほど後に、キングカメハメハ(牡18 元 栗東・松田国英厩舎)も後を追うように急死。種付け過剰(過労)のため、2019年7月に種牡馬引退を発表。その後も度重なる体調不良のため予断を許さない状態にあったということです。

産駒が激走する血統は、重宝されつつも、そのニーズはその種牡馬にとっての肉体と体力の限界を超えていて、担保されるのは、馬の命ではなく、種牡馬の種付料を管理する人間側の利益だけなのです。
人間のつくりだした経済社会に組み込まれた競馬界に生きる競走馬たちは、人間の利益を担保するために生きるのです。


しかし、そんな経済社会にも、資本主義経済ながらも、必ず対極する力が副作用のように働きます。
その力が何度となく危機的状況支え、長期的にはその構造(機構)をも変容させえてきたものです。

大局ではないものの、経済社会を支えるのに必要な力は、そこに生きる人たちが起こす行動のひとつひとつに始まります。
吉田善哉氏がサンデーサイレンス見出したこともその一例です。
サンデーサイレンスの血(血統)を、日本競馬の血統に取り込ために、巨額を投じました。
購入のために投じた資金は、1990年当時の日本円で、16億5000万円とも言われています。

今でこそ日本の競走馬は、世界の名だたる国際競走において、成績も伴う活躍の場を広げていますが、サンデーサイレンスの血統が日本に持ち込まれるまでは、国際競走においても、国内の国際指定の競走でも目覚ましいと言いきれる安定感のある活躍はさほど見られませんでした。


2018年の社台スタリオンの種牡馬展示会でのディープインパクト

超経済社会かバグの生み出す新世界か

吉田善哉氏が見ていた景色はどんなものだったのでしょうか。

日本の競走馬やその血統が世界的にも注目されるようになったことは明白な功績です。
良くも悪くも、現在の日本競馬の世界は、想像を超えた広がりを見せているのではないでしょうか。

何かが変われば、また繋がるその他も影響を受けて、変わらざるを得ません。
経済動物(経済のために存在しているという定義)ではありますが、その在り方が変容して少しずつ形成されている市場があります。

短命である競走馬市場の再考、動物愛護の観点の再考からごく自然の流れを強くしたものが、引退馬の余生を考えたものです。
再調教による乗馬への転用、これは、一般的な乗馬用の馬であったり、伝統芸能である流鏑馬や野馬追のような歴史的無形文化遺産などの馬への転用が主なものです。

また、彼ら競馬引退馬が人間の経済活動を目的としないもので、馬糞の利用によるたい肥としての転用利用による利益の創出、引退馬自身の保護を目的としたものを寄付金など有志で賄う養老牧場などもあります。
いずれも、引退馬が直接経済活動を担う目的の道具にならないというこは無くなりそうです。
昨年の2018年あたりから、国やJRA、営利団体の支援金も介入していて、利益を優先とする事業に変化しつつあります。


それでも世間の動では変わらないものもありました。それをあえてバグと呼びます。

そのバグは、世間の動向によって左右されるものとは違い、この渦中にある本人たちは、いたって普通のことです。それが故に、まわりの変化に関係なく継続してその先に見えるものを目標とすることができます。
目下の目標は、できることを止めない、挑戦を止めない、馬主になることです。
業界の構造改革には、同じ土俵に立って同じ立場でものを言える、確固たる地位は必要です。それが馬主になることです。
それには、予め定められた馬主資格の条件(指標)をクリアする必要があります。
  指標をクリアするための事業も、また、図らずも、競馬業界の振興に一石投じるようなものです。

この動きは、業界全体の動向とは相反するところに近い動きでもありますが、このようなバグが常に世界をドラスティックに変えてきました。


前者にしても、後者にしても、生き残らなければ廃れてなくなってしまうだけです。
目の前にある出来ることから実直にはじめるときです。


この話のトリガーは、偉大な種牡馬たちの話からくるものですが、それは何だっていいのです。
大きな動きに流されるのではなく、潮流に乗っていけるように、頑固でもあり柔軟でもあることを望みます。




May they rest, in peace.
Thanks.

このコラムをシェアする