November 24, 2020

Horse Racing

「諦めないといいことがあるんです」
現役競走馬でいること

現実としておこったこと

おかえりなさい、いってらっしゃい

2019年5月のOP戦を最後に、競馬場から姿を消した馬がいました。
競走馬の彼(以下、彼)は、競走馬として華々しい活躍を期待されていました。わたしもその活躍を思い描いていました。


レース前のターフでのカフェクラウン

新馬戦を突破し、続く3歳500万下(現 3歳1勝クラス)の勝利、その次のOP戦の後に、姿を消してしまったのです。

その当時、OP戦レース直後に、骨折が発覚したという彼の話を耳にしていたので、大事はないとのことでしたが、しばしの休養になることだけは理解していました。
1年以内、数カ月の休養を経ての復帰を想像していました。


しかし、2019年の秋競馬を迎えても一向に出走登録の気配もなく、トレセン入厩前の姿を牧場で見かけることもありませんでした。
わたしの知る範囲での関係者からの情報はなく、関係者筋の方から様子を尋ねてくださるような言葉をいただいただけで、行方やその様子を知るような話は、どこからも聞こえてこない状況が続きました。

ぞっとする話ですが、この音信不通のような状態になってはじめて、「予後不良」を思い浮かべました。
一期一会という言葉を、マイナスの言葉として捉えなければいけない瞬間が、この瞬間でした。


「いってらっしゃい」、「おかえりなさい」、「いってらっしゃい」。
この後に続く「おかえりなさい」は言えていません、彼に対して。
ごく普通のことかもしれませんが、「おかえりなさい」が言えることは、とても恵まれていることなのだと気づき、何に向けていいのかもわからない後悔をしました。
「いってらっしゃい」の裏にある、「無事に帰ってきてね」という思いが不在であったことへの後悔だと思います。

この事実は、彼が、わたしにもたらした必然の始まりでもあったのかもしれません。



恵まれることへのこだわり

彼は、新馬戦では10馬身差、3歳500万下で2馬身差で圧勝での連勝を記録しました。
次のOP戦では、同じ育成牧場で調教を積んできた競走馬と共に出走をひかえていました。
両馬ともに、新馬戦では2着馬に対して数馬身差をつけて勝利を獲得していたので、注目度の高い2頭でした。


血統、脚質や脚色、気性も異なりますが、育成牧場では一緒に調教してきた馬同士なので、どちらにも勝ち上がってほしいと願いつつ、どのような走りをお互いが見せてくれるのか、どちらにも勝利してほしいと願い、シンプルにこの対決を楽しみにしていました。


3歳のカフェクラウン 3歳のデアフルーグ

結果から言うと両馬完走したものの、着順は12頭中、一方は2着、もう一方は、12着。
彼は、12着でした、レース中に骨折してしまいました。


彼に騎乗した騎手が、レース中に彼の脚元の異変に気づき、レースでの勝利という目標を、レースを中断せずに安全に完走することへ切り替えたようでした。ゴールまでたどり着くことへ全神経を注いでくださいました。
この状態を即座に調教師に報告、進言できる確かな技量と知識、精神を兼ね備えた騎手が、この日の騎乗を務めてくださったことがまず幸運でした。

また、彼の管理預託厩舎がこの厩舎であったことも幸運でした。
レースでは確実にその目標まで仕上げてくる厩舎です。
良くも悪くも包み隠すことができない厩舎でもあって、この日も、レース直後の競走馬の状態が悪化したことを認識して、育成牧場での治療と休養を第一に動いてくださいました。

 

そして、類は友を呼ぶように、預託先に選んだ牧場は、競馬場から数時間の立地にあり、彼の競馬前の育成を担ってきた牧場です。
大手企業の経営する大規模な牧場ではありませんでしたが、適切な治療や休養ができる、彼にとって馴染みのある育成牧場に預託の依頼をしてくださいました。
大事なく速やかに移動できたことが幸運でした。

 

競走馬にとっての骨折は、死に直結することもあるため、これは幸運と的確な判断が重なった結果だと言えます。


空白

その後、骨折の手術を行い、回復して、手術をした休養先の牧場から退厩していきました。
その便りを最後に、行方は分からなくなりました。

待っていればそのうち出走してくれる、そう思っていました。

2019年の夏競馬、秋競馬も終わり、年が変わった2020年の同レースでの出走もなく、ライバルの競走馬たちは、次々と勝ち上がって昇格していきました。

2020年のダービーも終わり、彼の2歳下の世代の新馬戦が始まっても、一向にその姿を見ることもなく、話を聞くこともなく、彼の名前を口にする人もいなくなってしまいました。


忘れない、彼の眼差しを忘れることはできませんでした。

彼は、とにかく走ることが好きで、前向きで、真面目な気質の馬です。何かを疑うこともなく、走ることにただ実直でした。
彼に限らず、どの競走馬にも言えることですが、走ること、今を生きることに向き合う真摯な姿やその走りを見る度に、心動かされます。
彼がパドックで見せる、闘志を内に込めたまま眼光鋭い眼差しで周回する姿も、レース序盤から見せるダイナミックでしなやかな走り、中盤の勾配のある坂を難なく駆け上る豪快な走りも、ストライドを効かせた駆動も映える末脚も、すべて彼の走ることへの気持ちが表れているようで、その姿に圧倒され、心動かされます。

心動かされて、1マイルランですが、始めて1年以上が経過しました。
その1マイルランのときに、いつも思うことは、まず彼のことで、
走るあなたたちを知りたい、
と、頭の中で唱えました。
そして、祈り、思うことしかできませんでした。
気持ちを向けられる方法は、それだけでした。
今できることをやる、決めたことを止めないことで、彼らと最低限対等でいられるような気持ちをつなぎとめることができました。
毎日走っても、どんなに走る時間うあ距離を延ばしてでも、心許ない状態ではあって、先はモヤがかかって見えなくて、晴れることはありませんでした。


巡り還ることを忘れない

2020年11月1日

あるところで、彼の馬名の文字を見かけて、それから直接所在を確認して、その後、トレセンへ入厩しました。
ここからは早くて、中2週ほどで競馬への出走登録を確認、出走確定の連絡がありました。
彼の生存と、競走馬生命も絶たれていなかったことを知り、やっと血が全身を巡り出すように実感することができました。

ありがとう...
と、誰に言ったのか、その言葉と、あとはほとんど記憶がありません。


気付けば、11月1日(日)、天皇賞(秋)も終わり、12R、彼の出走レースの時間でした。


戻ってきたレース

結果は、16頭中9着でした。

ゴールの1.5ハロン前ぐらい前までは、彼らしい力強い走りで、先団(先頭集団)でレースを引っ張っていました。
騎乗した騎手も「途中で息切れしちゃって」というお話だったそうですが、約1年半ぶりのレース、出走頭数に対しておおよそ真ん中ぐらいの着順でゴールしました。
とにかく元気に走り、先頭の馬に離されまいと、懸命に前を追う姿を見ることができました。
うれしかったです、負けてしまったれけど。

前肢で砂をを掻き込むように地面をとらえ、力いっぱい蹴り出し、体幹を保ったままヨレずに走り、空気抵抗に負けず、前にのめるようにゴール板横を突き抜けていきました。
自分の今の現状に不満を抱えながらも、それに対峙するかのように、ゴール前で失速しても、最後まで決して諦めない、その姿が目に焼きついています。


勝ちたい、表舞台に立ちたいという欲を、持つことと努力し続けることは、表裏一体です。
運は巡ってくるもので、無作為に、一朝一夕にして得られるものではありません。
恵まれることへの欲を持ち、努力し、それを止めないことで巡ってくるものです。
必要な欲であれば、止めてはいけないことです。

勝利ではない、また特別、格別のものを見せてくれました。


今、戻ってきてくれた彼に感謝しています。
立て直すまでに至る全ての過程において、関わってくださったみなさまに、
ただただ、感謝の言葉しかありません。
止めないで諦めないこと、すべて形を変えてでも巡ってくる強運があることも知り、その尊さを知りました。

「諦めないといいことがあるんです」。これは諦めず彼に情熱を注いだ関係者の言葉でした。



Thanks.

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